横山真香(しんこ)
メンタルケア心理士
母娘関係改善カウンセラー
大学で非行心理学を学び卒業後は出版社編集部に勤務。
80年代末に退職、英国短期留学。
1990年からフリーランス・ライターとして延べ7千人をインタビューし、心の病など社会問題を
取材するうちに母娘問題を知る。
2000年から女性の心理専門のカウンセラー養成機関,日本心理療法士協会スクール、個人の心理カウンセラーのもとで学び研鑽を積む。その後、女性の人権サポート組織に所属、カウンセリング活動を始める。
2005年、母娘問題専門のカウンセリングを始める。
2010年、横浜元町、東京広尾にカウンセリングルームを開設。
国内の男女共同参画センターや大学等の依頼で、母娘関係、ハラスメントに関する講座、講演活動を行う。
月1回、母娘問題講座を広尾にて開催。
横浜市内でステージアートセラピー(朗読劇など)のワークショップを主宰している。
著 書 |
『あなたはもっとラクに生きられる 長女が”母の呪縛”から自由になる方法』(大和出版) 『セラピストの仕事と資格』(BAB ジャパンより出版)で紹介される。 |
テレビ出演 | フジテレビ「ノンストップ」の『毒母』特集番組に、コメンテーターとして出演。 |
取 材 | 雑誌『STORY』に取材される。 2016年1月産経新聞 家族特集記事で紹介される。 |
「なぜ、母娘問題カウンセリングを行うのか」、よく聞かれます。私がカウンセラーになると決心したのは、あるきっかけがあったからです。それが、母娘問題でした。
私には幼い頃、まるで姉妹のように育った幼馴染がいました。私はどちらかといえば、人見知りで、動きも遅いような子供でしたが、その子は天真爛漫、活発でよくしゃべり、公園を駆けずり回っていました。家が近所だったので、互いの家に遊びに行き、いつも一緒でした。
ところが、小学生のとき、彼女の家の事情で、遠くに引っ越してしまいました。それからしばらくは、手紙のやりとりをしていましたが、だんだん疎遠になっていきました。
時は流れ、20代半ばに私達は再会しました。思春期を飛ばして、二人とも大人になっていましたが、中身はちっとも変わらないと思っていました。再会したその日は…。
しかし、その後、何度か会って話すうち、私は彼女の変化に気づいたのです。屈託がなく、無邪気に笑い転げていた女の子が、いつのまにか、自分に自信がもてずつねに人の目を気にして、おどおどした女性になっていました。それは異なる人格で、別人になったかのようでした。
「私に悪いところがあったら、何でも言ってね」、彼女が発したこの言葉に、私は大きな衝撃と深い悲しみを覚えました。
離れ離れになってから、彼女はどのような人生をたどってきたのだろう。そんな疑問が湧きあがり、考えるうちに、私はある事に思い当たったのです。それは、彼女と母親の関係でした。
彼女の母親は突然、怒りだすことがありました。かん高く、ヒステリックに怒鳴る声は、今でも私の耳に残っています。結局、彼女は社会人になっても母親のコントロールから逃れることができませんでした。
これだけで、彼女の人格が変わってしまった原因を、全て母親のせいだと決めつけるのはあまりにも短絡的です。しかし、ここには書けないことが他にも沢山あるのです。
今現在の状況を書くのはさし控えたいと思います。辛く悲しい事が重なりました。
私はこのときから、母娘問題に関心をもつようになりました。その後、女性と心の病に関する取材を行い、何百というケースを通して、母親と娘の関係性がいかに影響し合うのか、ときには非常に深刻な問題に発展することを実際、この目で見てきました。
このときの経験が、カウンセリングを仕事にするのか、悩んでいた私の背中を後押ししてくれたのです。
今現在、母親との関係、または娘とのコミュニケーションで悩み苦しんでいる方は大勢います。けれども、どうか母娘問題は親子の縁、運命だからとあきらめないでほしいのです。カウンセリングによって、これまで何十年と抱え込んできた悩みから、ある日突然、解き放たれることがあります。今の状況を変えるのか、このままあきらめて何もしないのか、運命の扉を開く力は必ず貴女自身の中にあります。
カウンセリングは、扉を開ける鍵を見つけるようなものとイメージしてみて下さい。貴女が一人で探すのではないのです。そこに、私も一緒にいます。
・内閣府認証メンタルケア心理士
・日本心理療法士協会認定交流分析カウンセラー
・北欧式自然療法士スクール認定自然療法士